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経営学の新潮流 矛盾を両立するパラドキシカル・リーダーシップとは

アルーは京大オリジナル社*1と提携し、リーダー育成プログラムを共同開発するなど、様々なプロジェクトを手掛けています。今回は人的資源管理論・組織行動論の権威であり、世界的な学術雑誌であるApplied Psychology: An International Reviewの共同編集長も務める、京都大学経営管理大学院の関口倫紀教授をお招きし、アルー株式会社代表取締役社長の落合文四郎とAlue Insight編集長の中村俊介が、経営学の潮流からこれからの経営と組織のあり方について語り合いました。

※本稿は、2022年7月発行の当社機関誌 Alue Insight vol.8 『気になる階層別研修のこれから~今こそ考える「育成の哲学」~』より抜粋したものです。記事の内容および所属等は、取材時点のものです。

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*1 京都大学の事業子会社(100%出資)。「OPEN ~『京大の知』を発掘し、解放する~」というコンセプトでコンサルティングなどの事業を展開している。


関口倫紀教授

関口 倫紀(せきぐち ともき)
京都大学 経営管理大学院 教授

東京大学文学部卒業、青山学院大学大学院国際政治経済学研究科修了(MBA)、University of Washington Foster School of Business 博士課程修了(Ph.D.)。大阪大学大学院経済学研究科教授等を経て現職。専門は人的資源管理論・組織行動論。

落合文四郎

落合 文四郎(おちあい ぶんしろう)
アルー株式会社 代表取締役社長 

東京大学大学院理学系研究科修了。株式会社ボストンコンサルティンググループを経て、アルー株式会社を創業。「教育は選択肢を広げる」という信念のもと、STEAM教育のプロジェクトに携わるなど公教育にも活動の範囲を広げている。

中村俊介

中村 俊介(なかむら しゅんすけ)
アルー株式会社 エグゼクティブコンサルタント
Alue Insight 編集長

東京大学文学部社会心理学専修課程卒業。営業や納品責任者などを歴任し、現在はビジネスリーダーの育成やプログラム開発に携わる。著書:『ピラミッド構造で考える技術』


関口先生の3つのご関心領域


中村俊介(以下、中村) 今回のテーマは、経営や育成において「矛盾や葛藤と向き合うこと」です。今年春にアルー社内で行った研究会で関口先生に話していただいた「矛盾を両立する経営」というテーマに関してディスカッションさせていただければと思います。

さて、本題に入る前に、先生が最近関心を持たれているトピックは何でしょうか?

関口倫紀教授

関口倫紀(以下、関口) 3つあります。
まずは「国際化」です。これまで、企業がグローバル化する中で海外駐在員や外国人従業員、あるいは本社と子会社のブリッジ(橋渡し)をする人材の研究をしてきました。人事だけでなく、組織行動やマネジメント全般についても国際化の視点を入れた研究です。

2つ目は「アジア」。中国、インド、東南アジアなどアジア発の企業の存在感が高まっていく。その企業文化を理解するには、北米など西洋発の経営学では不十分だと思います。日本も中国も韓国も、表面的なマネジメントの仕方は違うけれど、根底にある考え方には東アジアで共通の文化的背景があるはずです。

3つ目はAI(人工知能)など「技術の発展」ですね。人材の採用や育成の分野においても、人間がやっていたことがAIに置き換わっていく可能性がある。日常の上司・部下の関係でも、未来の上司はアルゴリズムかもしれない。

落合文四郎

落合文四郎(以下、落合) なるほど。3つの点には当社も関心を持っています。実務でもお客様との会話の中でしばしば出てくる話です。企業人事の方は「アジア発」という言葉は使わないものの、日本企業として日本らしさを残しながら、どのようにグローバリゼーションに対応していくかが命題になってきているような気がします。いずれも中核的な話題ですね。

社会の変化によって組織マネジメントは変わる



中村 今のお話の3 つ目の技術の発展にも関わりますが、先のアルーでの研究会で関口先生が「ポスト工業化社会では組織マネジメントのあり方が変わってくる」とおっしゃっていたのが印象に残っています。「ハードウェア的手段からソフトウェア的手段への移行」について、改めてお話しいただけますか。

関口 工業化の時代は、モノを作って運んでお客様に届けるため、効率的な活用を目指していました。重要なのは場所と時間と労働力です。どこに誰が何時にいるか、勤務場所や時刻表や時間割が非常に大事になるわけです。それに対して今の時代、ポスト工業化はモノではなくコトの時代になります。私たちは出来事に価値を感じて、経験やサービスにお金を払っている。ITの発達もありテレワークも普及しました。場所や時間はあまり関係なくなってきます。

工業化社会とポスト工業化社会のパラダイム
工業化社会のパラダイムと、ポスト工業化社会のパラダイム

モノの時代には生産設備や運ぶ機械が中心で、パフォーマンスには上限があります。でも、コトの時代にはアイデアで活路を見いだせるため、パフォーマンスは自由で無限です。ずっと遊んでいても一晩でアイデアを思いつくようなことが起こりうるわけです。

それを可能にする組織のマネジメントは何か。「ソフトウェア的な手段」、すなわちアイデンティティー、カルチャー、リーダーシップ、コミュニケーション、信頼関係などです。時間を作ったり集まったりしなくても、ITのおかげで、いつ・どこでも業務状況の全体像がわかるので、何をすべきかを自身で判断して働くことができ、そうすることで全体もうまく回ると考えられます。

中村俊介

中村 ただ、ソフトウェアは人間が関わるものなので、思い入れや組織の慣習で、なかなかすぐには変わりません。一方で時代や社会の変化のスピードは大変速くなっています。ソフトウェア的なマネジメントを大事にしながらも、スピードを上げて変化に適応していくためにはどうすればよいのでしょうか。

関口 工業化社会の組織が不連続にいきなりポスト工業化社会の組織になることは、まずありえません。必ず過渡期があります。そこで2つの方向があって、①古い会社がなくなり、新しくできたポスト工業化的な会社が増えると、だんだん産業全体、国全体で世代交代が起こり、自然に新しい形態に移ります。②古い会社でも積極的に新しいものを取り込んで変わっていきます。その過程で、古いものと新しいものを混在させないといけません。このように相矛盾する要素を包含したり同時に追求したりすることを、経営学の分野では「パラドックス(逆説)のマネジメント」と表現しています。

中村 ジレンマは「あちらを立てれば、こちらが立たず」の二律背反の世界観ですね。また弁証法とは、「葛藤や矛盾はいつか解消されていく」という理想世界を描いた考え方であり、パラドックスは、現実に存在し続ける矛盾を両立できる視座に立つ世界観でしょうか。

矛盾の両立
矛盾の両立「止揚(アウフヘーベン)」の世界

関口 そうですね。例えば、「短期的利益と長期的利益の両立」や、「社会貢献と利益の両立」という命題があります。一見すると、一方を重視すると片方が軽視されるようなジレンマですが、相互依存している面もあります。短期的利益を積み重ねないと長期的利益にならない。社会貢献して皆が喜び、お金を払ってくれるから利益が出るし、利益が出ないと社会貢献が続けられない。両方を追及すべきですね。

落合 こうした変化の激しさはこれまで良しとされていたことを否定するような流れもつくり出し、多くの矛盾を生み出します。それを同時に追求し、両立していくことが経営の本質的なテーマとなるわけですね。 パラドックスの概念は、関口先生のいらっしゃる京都大学発祥の京都学派の創始者である西田幾多郎先生の「絶対矛盾的自己同一」の世界観*2 そのものですね。我々も矛盾の両立というときは関口先生のおっしゃるパラドックスの世界観で捉えつつ、あえて「アウフヘーベン(止揚)」という弁証法の言葉を引用しています。これは矛盾する問題に直面したときに、どちらかを捨てたり、妥協したりという選択肢以外にも「両立されアウフヘーベンされた世界があるのでは」という問いを立てることで、今とは違う視座で物事を見る重要性をお伝えしたいと思っています。

*2 西田幾多郎は日本を代表する哲学者。「絶対矛盾的自己同一」は、相矛盾するものが同時に存在していることこそ、この世界の真実の姿であるということを表した西田哲学の代名詞とも言える概念。

パラドックスを活用する
パラドックス(創造と進化を生み出すエネルギー)を活用する

パラドックスマインドセットを組織で育んでいくことが重要


中村 パラドックスのマネジメント(上図)で注目しているのが、中央左下の「パラドックスマインドセット」です。

関口 私たちはパラドックスが実際に存在していても意識していなかったり、気づいていなかったり、あるいは目を向けていなかったりすることが多いと思います。なぜかというと、そもそも私たちは矛盾した事柄が嫌いだからです。でも、パラドックスの存在はむしろチャンスというか、新しいものが生み出される前夜かもしれない。パラドックスがあるからこそ、両方を追求して一生懸命考えることで、ブレイクスルーのアイデアが何か出てくるかもしれないわけです。

パラドックスを意図的に生み出したり、意識させたりするのがリーダーの役割だとすれば、メンバーは逃げたり避けたりせずに、それがチャンスだというマインドセットで、パラドックスをエネルギーに変えてチームや組織を進化させ、持続的に発展させる原動力にしていくべきです。

落合 パラドックスマインドセットはどのようなメカニズムで表れるのでしょうか。生まれ持った資質の要素が強いのでしょうか。

関口 マインドセットですから、身につけることが可能だと考えます。図の中央の円(パラドックス思考 複雑性統合力)では、「受容」と「分化」と「統合」で1つのフレームワークになっています。まず理解して受け入れるのが第一段階(受容)。次に、対立概念の両方を別々に考えてベストな策を考える(分化)。同時に、くっつけてうまくいかないか考えてみる(統合)。分化と統合を行ったり来たりする。このような発想で取り組めば解決の確率は高まっていくのではないでしょうか。

落合 「複雑性統合力」は、論理的に組み分けて精緻に行う「分化」の方向と、直感的かつ全体的に丸ごと捉える「統合」の方向を両立させる高度な知的作業を含みますね。

関口 チームや組織の全員が同じマインドセットやスキルを持つ必要はありません。ある人は片方に寄ってしまっている、別な人は反対に寄ってしまっていてもいい。うまくバランスをとれる人もいて、3タイプが揃っていればいい。社会貢献と利益であれば、「社会貢献が一番大切」とばかり考えるメンバーがいて、一方で「いや、利益を出さないと会社が回っていかない」とファイナンスに気を遣うメンバーもいる。2 人だけでは衝突で終わってしまうので、両方の視点を理解して仲を取り持つような人がいて、三者が知恵を絞ることによってブレイクスルーする可能性があります。

中村 「矛盾や葛藤にどう向き合うか」というのは企業内の全階層に共通するテーマになっていくのではないでしょうか。また、一人ひとりの人生においても大事なテーマになりそうですね。本日はどうもありがとうございました。

※本稿は、2022年7月発行の当社機関誌 Alue Insight vol.8 『気になる階層別研修のこれから~今こそ考える「育成の哲学」~』より抜粋したものです。

Alue Insight のバックナンバーは、こちらのサービスサイトから無料でダウンロードいただけます。


※記事の内容および所属等は、取材時点のものです。


3/14 追記

パラドキシカルリーダーシップ産学共同講座を担当いただく教授の自己紹介ページも作成しました。
ここから日本に、新しい知を切り拓いていきます。


パラドキシカル・リーダーシップに関するシンポジウムを実施しました。講演まとめを公開しています。

パラドキシカル・リーダーシップ産学共同講座 設立記念シンポジウム「なぜ今、パラドキシカル・リーダーシップ産学共同講座を設立したのか」


パラドキシカル・リーダーシップ 産学共同講座 設立記念シンポジウム 「パラドキシカル・リーダーシップとは何か 前編」



パラドキシカル・リーダーシップ 産学共同講座 設立記念シンポジウム
「パラドキシカル・リーダーシップとは何か 後編」


最後まで読んでくださり、ありがとうございました。次の記事もお楽しみに☆ Alue Insight編集部一同