アンラーニングを推進する際に企業の人事が意識すべきこと
組織開発や人材育成の領域で、スポーツとビジネスの境界を越えて活躍する中竹竜二さんに、「アンラーニングを推進する際に企業の人事が意識すべきこと」についてインタビューしました。
中竹さんは、早稲田大学のラグビー蹴球部やラグビーU20日本代表の監督等を歴任した後、現在は、JOC(日本オリンピック委員会)のサービスマネージャー等、スポーツの世界で指導者を育成する「コーチのコーチ」のスペシャリストとして活動されています。また、2014年に企業のリーダー育成トレーニングを行う株式会社チームボックスを設立。ビジネスの世界でも指導者の育成や支援に取組まれていらっしゃいます。組織開発や人材育成の領域で、スポーツとビジネスの境界を越えて活躍する中竹さんですが、早期から「アンラーニング」の重要性を提唱して、実践に取り組んでこられたことでも知られています。そんな中竹さんに、企業でアンラーニングに取組む上で重要なポイントをうかがいました。
※アンラーン、アンラーニング両方の言い方がありますが、本記事では中竹さんの書籍名を除き、アンラーニングで表記しています
プロフィール
中竹 竜二
株式会社チームボックス 代表取締役
日本オリンピック委員会 サービスマネージャー
1973年福岡県生まれ。早稲田大学卒業、レスター大学大学院修了。三菱総合研究所勤務後、2006年に早稲田大学ラグビー蹴球部監督に就任し、自律支援型の指導法で大学選手権二連覇を果たす。
2010年、日本ラグビーフットボール協会 において初めてとなる「コーチのコーチ」、指導者を指導する立場であるコーチングディレクターに就任。2012年より3期にわたりU20日本代表ヘッドコーチを兼務。2019〜21年は理事を務めた。
2014年、企業のリーダー育成トレーニングを行う株式会社チームボックスを設立。2022年、日本オリンピック委員会サービスマネージャーに就任し、全オリンピック競技の指導者育成を主導している。
ほかに、日本車いすラグビー連盟 副理事長、一般社団法人スポーツコーチングJapan 代表理事など。
著書に『新版リーダーシップからフォロワーシップへ カリスマリーダー不要の組織づくりとは』(CCC メディアハウス)、『ウィニングカルチャー 勝ちぐせのある人と組織のつくり方』(ダイヤモンド社)、『自分を育てる方法』(ディスカヴァー21)、『アンラーン戦略(監訳)』(ダイヤモンド社)など多数。
チームボックスHP(https://corp.teambox.co.jp/)
須藤 賢太郎
アルー株式会社 Human Capital コンサルティング部 部長
青山学院大学大学院経営学研究科卒 2007年に、アルー株式会社の新卒採用第1期生として入社。学生事業企画室室長、商品開発部部長を経て、Human Capital コンサルティング部に異動。 現在は部門のマネジメントに加え、事業提携、管理職向けの内面の変容プログラム開発に従事。
中束 美幸
アルー株式会社 商品開発部
慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科修了。大手食品メーカー営業部門にて人材育成・ダイバーシティ推進等に従事。2023年アルー株式会社入社。商品開発部にて、育成プログラム開発に携わる。
前編はこちらから
スポーツから学ぶ、企業のアンラーニング戦略
企業のアンラーニングのポイント
中束 美幸(以下 中束) 前編では、中竹さんに早稲田大学のラグビー部監督時代の事例を題材に、チームの中でアンラーニングに取組んでいく過程や意識すべきポイントについてお話をうかがいました。後編では、スポーツとビジネスの境界を越えて活躍される中竹さんならではの視点から、企業の中で、アンラーニングに取組んでいくためのポイントについてさらに詳しくお話をうかがっていきたいと思います。
ずっと「なぜ、スポーツの世界からビジネスの世界にいかれたのですか」というお話をうかがいたいと思っていたのですが、早稲田のラグビー部の監督時代のお話を聞いて、スポーツの世界でも、ビジネスの戦略をそのまま展開していらっしゃったのだと分かりました。
中竹 竜二氏(以下 中竹) 私自身、ビジネスのキャリアの方が圧倒的に長いので、自分をスポーツの人だとは思っていないんですよ。また私は、一貫して組織論や人材育成に取組んできましたが、基本的にスポーツの世界もビジネスの世界も変わらないと考えています。互いに共通項があるので、それぞれのフィールドで学んだことを活かせるといのではないかと思います。
中束 共通項があるから学び合えるということですね。今、中竹さんは、ビジネスの世界の管理職の方を対象にアンラーニングを促す活動をされていますが、どのようなことを意識して取組まれているのでしょうか。早稲田のラグビー部の時は、失敗経験をきっかけにチームが変わったというお話がありましたが、実際のビジネスの現場では、大きな失敗を経験した後に「アンラーニングに取組もう」ということになりづらいと思いまして。
中竹 ビジネスの世界では、組織の全員が危機感を抱くような大きな失敗が起こることは稀なので、企業でアンラーニングに取組むということがめちゃくちゃ難しいんです。私が普段やっている手法は色々ありますが、一番定番なのは、「シミュレーション」をしてもらうことです。「5年後、10年後、世界の状況やあなたはどうなっていると思いますか?」ということを問いかけるのです。普段ニュースなどを見て、なんとなく世界の変化や漠然とこのままではいけないと危機感を覚えることはあっても、「あなたはどう思いますか?」と正面から問われる機会は、中々ないと思います。
中束 未来の世界や自分について、真剣に考えてもらうための問いかけをするんですね。
中竹 そうです。人によっては先が見えないことや変化への不安、そしてめんどくさいという感情から目を背けようとする人もいますが、私がプログラムに取組む際には、そこを逃さないようにして、「このままいくと、あなたは5年後どうなっていると思いますか?」ということを本気で考えてもらいます。そこまで詰めると多くの人が不安に駆られるのですが、そこから、「じゃあ今、ここからどうしますか?」「ここからあなたは何を手放しますか?」「あなたを邪魔している成功体験やあなたが抱えているプライドは何ですか?」「それを手放せたとしたら、5年後はどうなっていると思いますか?」と問いかけをしていくと、意外に明るい未来が見えてきます。このままいった場合の不安をちゃんと受け止めていただき、そこから変わることができたら、その際に明るい未来があることを伝えてあげる。「あなたのために問いかけている」という愛が伝わると、素直に自己開示をしてくれます。
中束 「あなたのために」という姿勢がポイントですね。
中竹 そうですね。アンラーニングを提案する上で、相手が責められていると感じてしまうと、自分はダメな人間だと思いがちです。そのため、問いかけをする際には、「この空間では、私はあなたの一番の味方ですよ」という姿勢で接するようにしています。
中束 なるほど。長い間会社に所属をしていると、自分の意見なのか会社の意見なのか分からなくなるという人も多いのではないかと思います。事業の未来を語れと言われると、優等生的な答えになってしまう気もするのですが、「あなたはどう思いますか?」と言われると、自分事に引き寄せて考えられる気がしました。
中竹 おっしゃる通りです。はじめは主語が会社になっている人もいるのですが、それは自分に向き合いたくないという心理の表れなので、逃がさないことが重要です。「あなたが大切だから、あなたに気づいてほしいから」という姿勢を伝えつつ、「しつこいですけど、あなた自身は5年後どうなると思いますか?」「今、邪魔をしているプライドってどこから出てくるんですか?」と問い続けます。会社やサービスではなく、私を主語に語ってもらうことが大切です。
企業でアンラーニングを推進する際に人事が意識すべきこと
須藤 賢太郎(以下 須藤) 社員一人ひとりのためにというのは、大変共感する反面、人事担当者からすると、中々踏み込み辛い領域ではないかと思いました。会社のため仕事のためということであれば、人事も研修の企画や設計をしやすいと思うのですが、「あなたのため」を軸に考えるとなると、戸惑う人も多いのではないでしょうか。
中竹 私はこれからの時代は、むしろ人事が会社や社員みなさんのためではなく、一人ひとりのために働きかけをしていかないといけないと思っています。人的資本経営に注目が集まっていますが、人事が「社員一人ひとりのために」ということを堂々と言えることが理想だと考えています。
須藤 私も普段企業様の支援をしていて、研修の目的や狙いの主語が意図せず「会社」になっていることがあることに課題を感じていました。本来は会社のためではなく、実際に研修に取組む社員のみなさんを主語に置いた上で狙いや目的を考えるべきだと思うのですが、なかなか難しい場面もあります。人事は、そして育成を支援する我々は、誰を見て仕事をするべきなのかということを考えさせられます。
中束 社員一人ひとりのスキルが向上することが結果として会社の業績につながると理解していても、俯瞰して仕事をする立場の人事からは、ついつい全体像で語ってしまいそうです。人事にとってアンラーニングが必要なポイントなのかもしれませんね。
中竹 それは、本当に大事な視点だと思います。企業でアンラーニングを進めていく上で、まずは人事が、自分たちがアンラーニングをしていくという姿勢を見せていくことが重要だと思います。人事って、組織の中で経営と現場を繋ぐ役割を担っていて、現場からするとやや距離を感じる立ち位置でもあると思うんです。そんな人たちから、「あなたはこのままではダメなので、この研修でアンラーニングしてください」といきなり言われても中々従おうという気持ちにはなれません。だから、小さなことでもいいので、まずは自分たちがアンラーニングに取組んでみて、「みなさん一緒にアンラーニングしましょう」「わたしたち人事のアンラーニングの取組みを支援してください」というアプローチをしていくことが重要です。
中束 確かに「一緒にアンラーニングしましょう」と言われたら、ちょっとやってみようかなという気になります。
中竹 アンラーニングは痛みを伴うものなので、第三者から「痛みを感じてください」と言われるよりは、「我々も痛みを感じています。一緒に頑張りましょう」という姿勢が大切なのです。
中束 人事の取組みを支援してくださいというスタンスも、面白い視点ですね。早稲田のラグビー部の監督をされていた時の働きかけに近いと思いました。
中竹 まさにそうですね。早稲田のラグビー部の監督になった時は、未経験でコーチや選手を指導する立場になって、アンラーニングの重要性を伝え続けていたわけですが、一方的にみなさんにアンラーニングを押し付けるのではなく、「私もアンラーニングするので、みんなで一緒に取組みましょう」という働きかけをすることで、結果仲間になることができたという実感がありました。
中束 人事は現場から距離のある立ち位置だからこそ、仲間になるために一緒に痛みを伴って変わっていこうという姿勢が大事だということですね。
須藤 とても実践的で納得感のあるお話だと思いました。改めて、企業の中でアンラーニングを進めていく上で、アンラーニングをすることの効能やメリットをどのように伝えていけるとよいかということを考えていたのですが、中竹さんは普段、どのようなメッセージを伝えいらっしゃいますか。
中竹 私がよく比喩で使うのは、「眼鏡をとる」という話です。今まで自分たちが持っている眼鏡では、自分たちの価値観を通した世界しか見えないけど、アンラーニングをして眼鏡をとった目で見ると、世界がこれまでと全く違う魅力的なものに見えてくる。アンラーニングをすることで、自分を取り巻く世界や自分や他者の見えていなかった魅力が見えてくるということを伝えています。
須藤 確かに、お互いが自分の眼鏡を通して見たいものしか見えていないために、無駄な軋轢が生まれることがたくさんあると思いました。アンラーニングをすることで、新しいものの見方を獲得することができるというのは大きなポイントですね。
今後取組んでいきたいこと
中束 現在、スポーツとビジネスの境界を越えて、アンラーニングを活用した人材育成の取組みをされている中竹さんですが、今後挑戦していきたいと考えていらっしゃることはありますか。
中竹 そうですね。私は、これからは誰もがアンラーニングをしなければならない厳しい時代になると考えています。ですが、アンラーニングを経験した人からすると、むしろ変化することを楽しむことができる時代とも言えるのではないかと思うんです。
起業家のバリー・オライリーは、自著「アンラーン戦略」(ダイヤモンド社)のなかで、アンラーニングの3つのサイクルとして、「脱学習」「再学習」「ブレイクスルー」を上げていますが、「ブレイクスルー」を経験した人は、まわりの状況が変わっても何度でもアンラーニングすることができるのではないかと考えています。
中束 変化しないと生き残れない厳しい時代になるけど、アンラーニングを身につけていたら、その変化を楽しみながら生きていくことができると。
中竹 そうですね。私自身の役割としては、引き続きビジネスとスポーツを繋いでお互いに学べることを活かしていくという取組みをやっていきたいと思っています。また私は、この先の世界では、ビジネスとスポーツだけではなく、アートや医療や宗教など、様々な領域が繋がっていくと考えています。これからは、そうした領域の境界を溶かしていくような取組みにどんどん挑戦していきたいです。
中束 まさか、アートや医療、宗教という言葉が出てくるとは想像もしていませんでした。
中竹 私はJOCのサービスマネージャーをしているのですが、そこでは、すべての競技団体のディレクターと言われる監督やコーチをアサインする人、いわゆる強化本部長に対して、全員と面談をして彼ら彼女らの育成をするという仕事を実際に今取組んでいます。今考えているのでは、次のステップとして、そこにスポーツ以外の領域の人、たとえば、アートや哲学等の知見を入れて、「人間のやることって突きつめていくと同じなんだ」という価値観を当たり前にしていきたいと思っています。
中束 スポーツの世界の常識そのものをアンラーニングするような取組みですね。
中竹 そうですね。「勝利がすべて」という価値観から、「幸せとは何か?」を考える取組みは昨年から既に導入していて、はじめは相当な抵抗を受けたのですが、1年経つとだいぶ変わってきています。自分たちも、スポーツをする喜びや楽しさを語れるようになってきたので、ちょっとずつ変化していると手応えを感じています。
中束 アンラーニングが幸せに繋がるんですね。ビジネスの世界でも、もっとそうした価値観が広がっていくといいなと思いました。アンラーニングを広げていこうと考えている私たちの責務も大きいと、改めて痛感しました。
須藤 最後に一つおうかがいしたいことがあります。アンラーニングは徐々に市民権を得てきたという実感はあるのですが、もう一段階一般に普及するため、もっと多くのみなさんに知っていただくためにはどうしたらよいのかと考えておりまして。中竹さんは何があると、アンラーニングのブレイクスルーに繋がると思いますか。
中竹 私は、アンラーニングがもっと広がるためには、もちろんきちんと目的や効能を説明することや発信することも大切だと思うのですが、一番のポイントは、人々がアンラーニングを体感できる機会を増やすことだと考えています。人が手っ取り早くアンラーニングを体験するためには、とにかく動き回って、色々な人に会うことをおすすめしています。アンラーニングのために何かをするというのではなく、結果的にアンラーニングが起こるような機会や環境をつくることが重要なのではないかと思います。
須藤 なるほど。説明するより、体験してもらう機会を増やすことが重要だということですね。
中竹 そうですね。もしかしたら、会議室でアンラーニングの研修をするより、旅行の予算を渡して、1週間言葉の通じない国に行ってくる経験をしてもらう方が、結果的にアンラーニングに繋がるかもしれません。だから、自分に対してアンラーニングをして、アンラーニングの研修より、一人旅をさせる方がいいんじゃないかって最近考えています(笑)
須藤 アンラーニングに取組むと言っても研修をするだけでなく、まずは動いて体験からヒントを見つけてくるという方法もあるわけですね。先生のお話を聞いて、私も旅に出たくなりました(笑) 本日は、貴重なお話をありがとうございました。
ライティング協力:金井塚悠生
撮影協力:稲垣純也
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