「プロセスを正しく理解したら、誰でもできる」個人や組織を変える技法 リフレクションとアンラーニングとは ー後編ー
変化の激しい、先の見通しが立てづらい時代。これまで前例を踏襲してPDCAをまわすことで上手くいっていたことが、ある時をさかいに通用しなくなって悩んでいるという人は多いのではないでしょうか?変化しないといけないことには気づいているけど、何からはじめていいのか分からない。そんな悩める個人や組織に対して、本対談では、内省を通して自分自身やチームの成長や変化を促進するための技法であるリフレクション*1を提唱する熊平美香氏を迎え、アルー株式会社商品開発部の須藤賢太郎と中束美幸が、リフレクションやアンラーニング*2を通した、人材育成や組織開発のポイントについてお話をうかがいました。
*1:リフレクションとは、自己の内面を客観的・批判的に振り返ること。内省のこと
*2:アンラーニングとは、学習棄却、学びほぐしなどを意味する。これまで身につけてきた知識やスキル、価値観を意図的に手放したり追加したりして、新しい時代に対応できるような知識やスキル、価値観を獲得し直すプロセスのこと
プロフィール
熊平 美香
一般社団法人21世紀学び研究所 代表理事
ハーバード大学経営大学院でMBA取得後、金融機関金庫設備の熊平製作所・取締役経営企画室長などを務めた後、日本マクドナルド創業者に師事し、新規事業開発を行う。
1997年に独立し、リーダーシップおよび組織開発に従事する。2015年に一般社団法人21世紀学び研究所を設立し、リフレクションの普及活動を行う。2018年には、経済産業省の社会人基礎力に、「リフレクション」を提案し、採択される。
著書 「リフレクション 自分とチームの成長を加速させる内省の技術」(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『ダイアローグ 価値を生み出す組織に変わる対話の技術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン )
須藤 賢太郎
アルー株式会社 商品開発部 部長
青山学院大学大学院経営学研究科修了。 青山学院大学総合研究所特別研究員を経て、アル―株式会社入社。商品開発部にて、育成プログラム開発に携わる。
中束 美幸
アルー株式会社 商品開発部
慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科修了。大手食品メーカー営業部門にて人材育成・ダイバーシティ推進等に従事。2023年アルー株式会社入社。商品開発部にて、育成プログラム開発に携わる。
前編はこちらから
「プロセスを正しく理解したら、誰でもできる」個人や組織を変える技法 リフレクションとアンラーニングとは
企業組織の中でアンラーニングに取組む際のポイント
中束 美幸(以下、中束) 後編では、実際に企業組織の中でアンラーニングに取組んでいく際に意識すべきポイントについて、お話をうかがっていきたいと思います。今、アンラーニングに注目が集まる一方で、プレイヤーの意識のままマネージャーになってしまう人の話のように、アンラーニングに取組むことの難しさを感じることがあります。先生は、企業でアンラーニングに取組む上で、何が障壁になっていると考えていらっしゃいますか。
熊平 美香氏(以下、熊平 敬称略) 一番の障壁は、みんながアンラーニングを嫌い、避けようとすることです。
中束 みんなが嫌いと言うと?
熊平 アンラーニングを必要としている人というのは、過去の成功体験が自分の邪魔をしているという不都合な状況にあるんです。なので、その状況を客観的に認識して見つめ直すことが必要なのですが、過去の成功体験を支えにしている人は、他人から「それはもう通用しないよ」と言われると、自分の成功体験そのものを否定されたような気持ちになってしまう。リフレクションの過程を正しく理解できたら、成功体験は思い出として心に残しておいて、そこから形成されたものの見方や行動様式を切り離してリプレイスすることだと分かるのですが。そこの理解がないと、自分が否定されている気がして、心が拒絶してしまうんですよ。
須藤 賢太郎(以下、須藤) 確かに、自分が否定されていると捉えてしまう人は多いですよね。
熊平 そしてもう一つ、私が大きな問題だと思っているのが、「人は変わることができない」という考えです。こうした間違った思い込みに囚われているせいで、自分の価値観や行動様式を自分で取換えられることに気づけない人が多いように思います。
須藤 やはり、知らない、知る機会がないということは大きいと思いました。アンラーニングもリフレクションも知識として知らないと選択肢に入ってこない。やってみようという考えにならない。今まで慣れ親しんだものとは違うことだと、違和感を持ってしまいますよね。
熊平 アンラーニングは、これまで上手にできていたことを一度手放して、上手にできないことに取組むということなので、はじめのうちは辛いと感じることもあるかもしれません。ですが、続けていたら必ずできるようになります。ここで、一番重要なのが、自分の意志なんです。つまり、このままでいるのか変わるか、決めるのは自分なんです。変わると決めて、やり続けるのも自分です。だから、自分の意志がない状態で、まわりから「アンラーニングしろ」と言われても絶対に上手くはいきません。
須藤 なるほど。本人の意志がないと、いくら組織がアンラーニングを進めようとしても上手くいかないということですね。
熊平 そうです。アンラーニングを成功させるためには、本人のゆるぎない意志が必要なので、決して簡単なことではありません。これを支援していくための方法として、私は、ビジョン*3の形成やクリエイティブテンション*4をつくることを推奨しています。
*3:ビジョンとは、将来の見通しや目標。ありたい姿のこと
*4:クリエイティブテンションとは、現状とありたい姿にギャップが存在する時に生まれる緊張感のこと
須藤 詳しく教えてください。
熊平 そもそもなんのために、アンラーニングやリフレクションをするのか?ということなのですが、これは、「本人が幸せになるため」なんです。今のままでは幸せじゃないという状況がある。そこに対して、アンラーニングをすることで幸せになる。まずは、この目的を認識することです。その上で、ありたい姿=ビジョンを形成することで、そこに向かって変化をしていきたいという内発的な動機=クリエイティブテンションを高めていくのです。
須藤 まずは、自分のありたい姿を考えて、そこにいくために自分の意志で動く決意をする。非常に納得したのですが、一方で、企業の管理職の研修をやっていると、自分のやりたいことやありたい姿が分からなくて困っている人が多いと感じることがあります。
以前、ある有名企業の部長の方々を対象にした研修で、ビジョンをつくるというものをやったことがあるのですが、いわゆるwill , can , must*5を考えていく中で、will が一番書けない。書くことがなくて、ぴたっと止まってしまうということがありました。
*5:will , can , mustとは以下を示す。willは、今やりたいこと、canは今できること、mustは、 今やらなければならないこと
熊平 普段から、感情と向き合うということをしていないせいだと思います。willって感情なんですよ。徐々に変わってきている感覚があるのですが、以前の日本の企業では特に、会社の中で自分の感情を出すなんてあり得ないという考えが強く、みんな感じないようにしてきたのだと思います。
ディズニーのインサイドヘッドという映画をご存じでしょうか。そこでも説明されているのですが、私たちの感情はネガティブな感情を抑え込むとポジティブな感情も同じレベルに抑えられてしまうという性質があるそうです。だから、ネガティブな感情をちゃんと感じられないと、幸せも感じることができないんですよ。
須藤 なるほど。ネガティブな感情もポジティブな感情も等しく向き合っていくことで、自分のありたい姿や意志が見えてくるヒントになるのですね。
熊平 そうなんです。だから、私は、会社の人間関係も友達のような安心できる関係が理想だと思っています。結局、人間の潜在能力を出し切るために必要な環境というのは、心理的安全性があって、自分の感情に向き合える自由な空間なので。そうした環境をつくり出すために、対話やコミュニケーションを大事にしましょうということです。
中束 個人がアンラーニングする際に注意すべきポイントが良く分かりました。改めて、企業の人事担当者の視点に立つと、どんなことから取組んでいくと良いのでしょうか。これまで企業では、決められた配置で活躍する人材をつくるために育成をしてきました。その裏で、自分の感情を置き去りにしてきてしまった人たちの話もありましたが、そのあたりをふまえて、人材の育成という観点で、企業はどのような姿勢でどのようなことに取組んでいくべきなのか、先生のお考えを教えてください。
熊平 ある企業の取組みで、学びのための補助金を給料と一緒に振り込むというものがありましたが、メッセージがクリアで合理的だと思いました。支援はするから、あとは自己責任でやって、信じてるよって。このように、主体的に学ぶことの大切さを伝えることや、学びに向かうための風土をつくっていくということは、事業者がすぐにできる取組みの一つです。
中束 まずは、個人の学びを後押しする環境をつくることですね。
熊平 そうです。次に、これからの時代、人事が考えなくてはならないことは、「人の市場価値を上げる」ということを意識の中心に置いて、社員のキャリアについて考えることです。社員の市場価値を上げると会社を離れていってしまうと考えがちですが、市場全体で上手く人材の流動化が進むと、他の企業で育った人材を採用したり、外の環境で活躍した元社員がまた戻ってくるということも起こります。つまり、社員の市場価値を高めていくという考え方は、市場全体の人的資本の底上げに繋がります。だから、辞める可能性が高まるなら育成に投資はしないという発想ではなくて、社会のために人材を育成するという視点で取組んでほしいと思っています。
須藤 なるほど。人材育成というと自分たちの企業が生き残るためにどうするべきかという視点で語られることが多いですが、もっと業界全体とか、日本全体とか、そういったスケールで考えていく必要があるということですね。そのためには、まずは人事担当者が、会社の中だけを見るのではなくて、もっと視座を上げていかないといけない。人事担当者もアンラーニングをしなくてはならないということでしょうか。
熊平 おっしゃるとおりです。会社全体が変わっていくためには、経営者も人事担当者もアンラーニングをする必要があります。
須藤 先生のお話をうかがって、企業組織でアンラーニングを進めていくためには、個人と組織の内面と外面、それぞれに視点を向けながら取組んでいく必要があることがわかりました。
リフレクションとアンラーニングについての今後の展望
中束 最後に、熊平先生の今後のご活動についてお話をうかがえたらと思います。アンラーニングについては、ここ数年で世の中の状況が変わってきているというお話もありましたが、今後の展望などはありますでしょうか。
熊平 私は現在、リフレクションと対話を広める活動をしているので、その取組みを続けていきたいと考えています。多様な人たちと出会い、対話をすることは、個人のアンラーニングを促進することにも繋がると思っています。自分の評価や判断を保留にして、多様な意見に耳を傾けることで、そこからこれまでとは全く違う世界が見えてくる。正しく対話ができるということはアンラーニングをするスキルを高めることにもなります。いきなりアンラーニングと言うと、身構えてしまう人もいますので、まずは、「対話をしましょう」からはじめてみるというアプローチをしています。
須藤 対話がアンラーニングの入口になるということですね。確かに「対話をしましょう」であれば、ちょっとやってみようかなという気になります。
熊平 それから、アンラーニングについては、これからもっと世の中に正しいメッセージを発信していかなくてはならないと考えています。私自身、これまで何度か大きなアンラーニングを経験して今に至るのですが、その過程を振り返ってみると、アンラーニングしなければならないということに気づいていながら、立ち止まっている状態が一番苦しかったんです。世の中では、このように課題に気づいていながら見て見ぬふりをしている人が多いと感じているのですが、その立ち止まっている状態が一番気持ち悪くて、その状態は変えることができるというメッセージを伝えていきたいです。課題解決と同じなので、課題が何か分かれば必ず解決できるんです。だから、過去の自分の学びを振り返って、メタ認知*5するために、リフレクションから始めようと提案しています。
*5:メタ認知とは、認知していることを認知すること。認知とは、人間が何かを知る、理解する、学ぶ等の過程のことを言う
中束 自分がこれまでやってきたことをメタ認知して整理するだけで、変化へと踏み出す勇気にも繋がりそうですね。
熊平 そうですね。改めて、「人は変われない」という思い込みについて、これは誤解であるということをみなさんに知ってほしいです。リフレクションは自分を幸せにするための武器だと考えているので、それをみなさんに手に取ってほしいと思っています。
リフレクションもアンラーニングも、ちゃんと正しいプロセスを踏めば誰にだってできるんです。そんな思いでこれまで活動をしてきたのですが、アルーさんのアンラーニングの取組みのように、今の世の中的にも注目が集まってきているところなので、頑張ってこれからも取組みを広めていきたいと思います。
中束 ぜひ、一緒に広めていけたら嬉しいです。先生のお話の中で、「アンラーニングは幸せになるためにやる」という言葉が印象的でした。過去の成功体験に縛られていて、変わらないといけないと気づいていながら、踏み出す勇気がない状況って辛いですよね。なにより、本人が幸せじゃない。そして、対話が気づきのきっかけになるというお話も非常に示唆深いと思いました。
熊平 まずは、対話からはじめてみるのがいいですね。
中束 今、企業の中で管理職の世代と新入社員の世代の価値観が大きくズレるということが増えてきていると聞きますが、違うものに触れることは新しい気づきが生まれるきっかけになるのかなと思いました。
熊平 まさに。そこで相手を否定するのではなく、とりあえず聞いてみようってなってくれたらいいですね。世代間のギャップなどは誰でも経験することなので、対話をはじまるための題材としては良いかもしれません。
中束 立場の異なる個人同士が様々な視点から組織の現状を捉え直し、対話が生まれると、そこから変化のきっかけが生まれそうです。
熊平 そうだね。できる、できる。
中束 本日は企業組織の中でアンラーニングを進めていく上で意識すべき具体的なポイントと勇気の出る力強いメッセージをたくさんいただき、ありがとうございました。
ライティング協力:金井塚悠生
撮影協力:稲垣純也
ビジネスにおけるアンラーニングについて、発信しています。
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