パラドキシカル・リーダーシップ 産学共同講座 設立記念シンポジウム 「パラドキシカル・リーダーシップとは何か 前編」
昨今の「持続可能な社会に対する要求の高まり」「VUCAとも称される変化の激しい事業環境」「組織と個人の関係性の変化(囲い込みから相互選択へ)」といった社会情勢の変化は、多くの矛盾する要素を内包する課題=「パラドキシカルな課題」を経営リーダーに突きつけています。
こうした課題に対して、従来の経営論やリーダーシップ論では、「二者択一」の姿勢で臨むことが重要視されていました。それに対し、パラドキシカルな要素をいかに「両立」させていくかという問いを持って課題と向き合っていくリーダーのあり方をパラドキシカル・リーダーシップと呼び、経営学においても様々な研究が始まっています。
これからの社会に求められる経営のあり方を明らかにし、その経営を担うリーダーを育成することを目的に京都大学経営管理大学院、京大オリジナル株式会社、アルー株式会社の共同主催で、「パラドキシカル・リーダーシップ産学共同講座」を設立しました。
本記事は、共同講座の設立を記念し、2022年12月12日に開催した「パラドキシカル・リーダーシップ産学共同講座設立シンポジウム」より、以下の講演について抜粋した内容です。
<本記事>
・「パラドキシカル・リーダーシップとは何か 前編」
関口倫紀 京都大学 経営管理大学院 教授
シンポジウムの詳細は、こちらのサービスサイトからご覧いただけます。
関連記事、「なぜ今、パラドキシカル・リーシップ産学共同講座を設立したのか」は、こちらからご覧いただけます。
関口 倫紀(せきぐち ともき)
京都大学経営管理大学院 教授
東京大学文学部卒業、青山学院大学大学院国際政治経済学研究科 修了(MBA)、University of Washington Foster Schoolof Business 博士課程修了(Ph.D.)。大阪大学大学院経済学研究科教授等を経て現職。専門は人的資源管理論・組織行動論。
私からパラドキシカル・リーダーシップとは何か、経営学における最新の研究に基づいてお話をさせていただきます。そのために、まずは経営におけるパラドックスとは何かを考えてみましょう。
複雑性・不安定性を増す現代社会と経営環境
現代はVUCAの状態にあると言われています。例えば、地球環境破壊、経済格差、新型コロナ感染症。様々な社会課題が存在する中で、将来は、AI・ロボット・アルゴリズムなどのテクノロジーが社会をどう変えていくのかの議論もなされています。また、国際関係に目を向けると、グローバル化が進む一方で脱グローバル化の動きもあり、企業の経営を行っていく上で考える必要のある社会の複雑性、不安定性が増していると言えます。
パラダイム移行期・多様性・複雑性の時代
次に現在流行している3つのキーワードから時代の特徴を考えてみたいと思います。1つ目のキーワードは、「工業化社会からポスト工業化社会(デジタル化社会)への移行」です。工業化社会の組織はコントロール中心、改善中心、階層型組織でオペレーションを行うのに対して、デジタル化が進んだ社会では、自律分散型の組織、イノベーション創造性重視の組織、つまりフラット化した組織が望ましいと考えられています。現在は異なる組織での異なる働き方が共存していると言えます。
2つ目のキーワードは「両利きの経営」です。企業が持続的に発展していくためには、守りの姿勢(今まで築きあげて来た既存の事業を深化させながら利益を獲得していくこと)と、攻めの姿勢(将来必要となる事業をつくっていくための探索)をいかに両立するかが求められると言われています。
3つ目のキーワードは「サスティナビリティとダイバーシティ・マネジメント」です。地球環境の保全やDEI(ダイバーシティ、平等、インクルージョン)の実現を推進していくことが社会として不可欠になっています。そうした流れから、企業にもカーボンニュートラル、ジェンダー平等、組織の国際化やダイバーシティの推進が求められるなど、企業経営に大きな影響を与えています。
これらのキーワードから、現在は大きな「時代の移行期」であることが分かります。つまり、古い考え方と新しい考え方、古い目標と新しい目標、こうしたものが混在して共存している時代に私たちは生きているのです。そんな時代の中で、私たちはどうやって生きていくのかを考えることが求められています。
現代社会の様々なレベルで対立・矛盾が存在する
時代の移行期である現代では、新しい考えと古い考えなど、お互いに矛盾する内容の対立が様々なレベルにおいて起こっています。具体的な状況について考えていきましょう。
社会全体のレベルで考えますと、持続可能な社会と資本主義、あるいは工業化社会とデジタル化社会、グローバル化と脱グローバル化などは相矛盾するように見えます。その他、現代社会では、様々な異なる価値観や技術が共存していると言えます。
企業経営のレベルで考えてみますと、企業として地球環境保全や社会貢献をしていかなくてはならない、一方で、自社の利益を確保して株主に還元していくことも求められている。また、既存の事業の強化をすると同時に未来の事業への投資をしていかなければならない。戦略を考える際には、綿密な計画を立てることが重要な一方で、計画に縛られることなく状況に応じた柔軟性を保ち、創発を促すことも求められる。その他、ライバル企業と時には協力関係を結ぶことなど。ここにも、一見相矛盾する様々な要素が共存しています。
組織・チームレベルで考えてみますと、階層・権限・規律を重視する組織がある一方で、フラット・非公式・柔軟性を必要とする組織がある。時には、中央集権・求心力・一体感を持って対応をしていく必要がある一方で、分権・分散・自律を重視することが必要となる時もある。あるいは、管理重視・リスク回避が求められる組織がある一方で、自由重視、リスク志向の組織もある。その他、組織の安定性と創造性や、組織の伝統維持と新たな変化をもたらすことなど。こういった場面でも、必ずしも両立し得ないものが共存していると言えます。
個人レベルで考えてみますと、企業の人材育成の方針として、ゼネラリストとして幅広く知識・スキル・経験を身に付けてほしいという考えがある一方で、特定の分野のスペシャリストとして活躍して欲しいという考えもある。安定雇用と内部昇進を中心とした人的資源管理が重要だという考えがある一方で、転職・キャリアチェンジを通して人々が新たな人生のステップを歩んで行くべきという考えもある。仕事を重視するという考えがある一方で、家庭・生活を重視するという考えもある。その他、組織に対する依存と個人の独立、集団重視と個人重視、成果を求める一方で学習も必要であることなど。このように、ここにも様々な対立軸を見つけることができます。
これまでの経営学の伝統的な考え方では、こうした対立、矛盾するものの両方を追求するのは合理的ではないとされてきました。また、対立、矛盾している要素が共存している状態は不快であり、不安を喚起するものでもあります。そのため、非合理的な対立や矛盾は解消すべきであると考えられてきました。
対立や矛盾を解消するために、一般的には次のような方法が提示されています。各選択肢のメリット、デメリットを注意深く分析してベストなものを選択する。あるいは、優先順位をつける。両方必要だと思う場合は制約条件を考慮した最適化という視点から、メリットが最大化してデメリットが最小化するような妥協点を見つける。つまり、数学などを使ってトレードオフを感案しながら最適化をして意思決定をするということが教えられてきました。しかしながら、社会が複雑化した現代において、常にこういったやり方で経営をすることが望ましいと言えるのでしょうか。
経営におけるパラドックスとは
そこで、近年の経営学で注目を集めているのがパラドックス(逆説)という考え方です。経営学では、パラドックスを次の3つの要素で定義しています。
1 対立もしくは相矛盾する要素が同時に存在し続けている
2 それらは相互に関連しあい、依存しあっている
3 その関係は解消されることなく存在し続ける
具体例を挙げて考えてみましょう。現在利益を確保しなければならないというニーズと、将来の企業競争力の源泉として投資をしなければならないというニーズ。この2つは現在の話と未来の話がお互いに対立しています。また、この対立がずっと続いていくので、3番目のパラドクスの定義に当てはまるということになります。
ここで類似概念との違いについても触れておきましょう。パラドックスに似たものとして、「ジレンマ」や「トレードオフ」があります。このジレンマやトレードオフは、片方を取るともう片方が犠牲になる状態です。つまり、ジレンマやトレードオフは天秤として表現できます。どちらかを選択して片方を捨てることが求められます。一方、パラドックスは、対立はしているけど、お互いに必要としている。お互いが関連している状態です。つまり、どちらも追求するということが求められる考え方なのです。
なぜパラドックスが経営にとって重要なのか
では最後に、なぜパラドックスが経営にとって重要なのかについて説明しましょう。パラドックスは経営にとってテンション(緊張関係)を生み出します。ですから、一定の不安や不快感は避けられません。だからといって、そこでどちらか一方を選ぶという視点で考えてしまうと経営がうまくいかなくなってしまう可能性が高くなります。どちらか一方ではなく、両方追求することが必要なのです。
また、パラドックスは現状打破や創造性を促すエネルギーを生み出すと考えられています。どちらかを選ぶということが上手くいかない状況の中で、一生懸命考える、試行錯誤をするということが現状打破や創造性に繋がる可能性があるということです。一方で、パラドックスは不安や混乱をもたらす可能性も秘めています。つまり、パラドックスは両刃の剣であると言えます。だからこそ、このパラドックスをうまくマネジメントしていくことが、今、組織を経営するリーダーに求められているのです。
次回は、関口倫紀教授の「パラドキシカル・リーダーシップとは何か 後編」の公開を予定しています。