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カオスな世界でリーダーに求められることとは? 「カオスな世界の生存戦略」

コロナ禍でのビジネス環境や働き方の変化、テクノロジーの進化など、企業を取り巻く環境は激変しています。先行き不透明なカオスな時代には、どのような世界観が重要になってくるのでしょうか。 『京大的アホがなぜ必要か カオスな世界の生存戦略』の著者である京都大学の酒井敏教授は、「カオスの世界では、非常識なアホ=変人が必要だ」と言います。

「変人講座*1」が大反響を呼んだ「もっとも京大らしい」名物教授と、経営における矛盾を両立するパラダイムを提唱するアルー、両者のメッセージには共通性があります。酒井教授とアルー代表取締役社長の落合文四郎が、カオスな時代にリーダーが持つべき世界観について語り合いました。

※本稿は、2021年7月発行の当社機関誌 Alue Insight vol.3 『これからの管理職育成を考える』より抜粋したものです。

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*1:京大に連綿と受けつがれている「自由の学風」「変人のDNA」を世に広く知ってもらうため発足した公開講座



酒井敏

酒井 敏
京都大学大学院 人間・環境学研究科 教授

1957年、静岡県生まれ。専門は地球流体力学。「京大変人講座」を 開講し、自身も「カオスの闇の八百万の神―無計画という最適解」 をテーマに登壇して学内外に大きな反響を呼んだ。「フラクタル日 除け」などのユニークな発明で、京大の自由な学風を地でいく「もっ とも京大らしい」京大教授。1992年、日本海洋学会岡田賞受賞。

落合 文四郎
アルー株式会社 代表取締役社長

東京大学大学院理学系研究科修了。株式会社ボストンコンサルティンググループを経て、2003年10月株式会社エデュ・ファクトリー(現在のアルー株式会社)を設立し、代表取締役に就任。「夢が溢れる世界のために、人のあらゆる可能性を切り拓きます」をミッションに掲げ、企業の人材開発・組織開発に取り組む。



京大的アホがなぜ必要か?


落合文四郎(以下、落合) 先生のご著書を拝読しました。「京大的アホ」とはなかなかインパクトがあるタイトルですが、先生は予測不可能なカオスな世界を生き延びるには「非常識なアホ」が必要だとおっしゃっています。

酒井敏(以下、酒井) 人間を含む自然界はカオスの中で動いています。だから、これから何が起こるかを完全に予測することは絶対にできません。目的地がはっきりしているなら、効率優先で一般道より高速道路を走った方がいいでしょう。でも、カオスの世界では、その高速道路が最終的にどこに向かっているかはわかりません。もしかしたら、途中で工事にぶつかるかもしれないし、大地震で高速道路そのものが崩壊する可能性だってあります。そんな時に、一般道か らも外れて大きな原っぱを駆け回る「アホ」がいたらどうですか?

落合 誰も知らなかった別の道を見つけ出してくれるかもしれませんね。

酒井 そう。最初は「あんな効率の悪いことをしやがっ て」と笑っていた人たちが、「アホ」に救われるのです。 高速道路だけを走る発想では、人間にコントロールしきれないカオスを生き延びることはできないのです。

落合 先生に聞いてみたかったのですが、「アホ」とはどういう存在なのでしょうか?

酒井 本人はね、必ずしもアホと思っていないんですよ。だって本人は、「もしかしたら何か可能性があるんじゃないか?」と思いながら没頭しているんですから。

落合 なるほど。Alue Insightの創刊号でもお話ししましたが、私は「主体的真理」といって、経営にしても教育にしても、自分固有の大切にしていることや、 生きる目的を起点にしています。主体的真理に生きると、自分は真理と思っているけれど、周りから見るとアホに見えることもあるんですよね。それと近いですか?

落合文四郎

酒井 通じる話だと思います。もう少し「アホ」を説明したいのですが、いいですか?今日も大学の実験をオンラインでやったのですが、「1気圧に相当する水の深さを携帯で測りなさい」というテーマを出したんですよ。要するに、風呂に携帯ぶっこめという話 (笑)。

落合 そのままぶっこんだら・・・。

酒井 壊れても俺は知らんよと(笑)。風呂で気圧を測るなんて、携帯会社も絶対やらないでくださいと言うに決まってます。なぜこんな実験をやるかというと、 京大は曲がりなりにも研究の大学。研究とは、人がやらないことをやることなんです。もし、一直線に効率よく答えにたどり着けたとしたら、それは従来の常識の範囲におさまるものでしかありません。そんな研究だけやっていたら、学術の世界はどんどんスケールの小さなものになっていきますよ。だから、99回はアホと言われることを覚悟しないといけない。

落合 その覚悟が難しいですよね。

酒井 びっくりしたのですが、今の学生はいたずらしたことがないんです。だから、「こういうことをやりなさ い」と言うと、「どうしたらいいですか?」と素直に聞いてきます。「それを考えなさい」と言ったら「知っているのに教えてくれない…」って。いたずらって当然ですが、誰にも答えを聞けないですよね。自分で考えなきゃいけないから、いたずらって結構大事なんです。

落合 昔、森の中で秘密基地を作ったのを思い出しました。それと起業した時の感覚は似ているなぁと。 いたずらが大事とは、起業家にも言えるかもしれませ ん。

酒井 まさに秘密基地なんです。その楽しさがないと研究なんてやってられないですから。

矛盾があるからこそイノベーションが起こる


落合 今の世の中では、なかなか「アホ」を許容する 余裕がないのかもしれませんね。

酒井 メンタリティーの話で言うと、落合さんが note*2に書いていた「矛盾」という言葉はとても大事だと思います。矛盾があるから新しいことが起こるんですよ。矛盾はあって当たり前。京大の「変人講座」 で、法学部の先生が言っていました。「実は法律も矛盾しまくっているんです。だから全部守れませんよと」。

*2:経営における矛盾を両立するパラダイムは何か?


落合
 法律家がそうおっしゃるとは面白いですね。 企業でも、矛盾はあってはならないというメンタリティーになりがちです。

酒井 正しい価値が1個に決まっていたら、経済も動かないですよね。それぞれ価値が違うからこそ交換する意味があり、それによって経済は動いていくのですから。

落合 そうですね。矛盾がある中で、両立を見いだしていくのが大事だと考えています。教育でもビジネスでも、問いが与えられて答えるのは得意な人が多いですが、矛盾の中でどうするかが本領発揮するところだと思います。矛盾があったらおかしい、となると問いが立ちにくいですから。

酒井 まさにそう。卒論指導で学生に「これちょっとおかしくないか?」と指摘すると、彼らは全部否定されたと思って全く違うことをやりはじめるんです。「いやいや、否定してるわけじゃないよ」と言うと、今度は全部戻してくる。あいだがないんですよ。なぜなら、彼らは答えが1個に決まる問題しか解いてきていないから。答えが1個の前提で思考回路が組まれているんです。それなら、ちょっとでもおかしいものを排除するのは作戦として成り立つんですよ。

落合 今のお話を聞いていると、思考力の問題ではなく、世界観の問題のように思います。

酒井 まさに世界観なんです。正しい答えが1個あるのではなく、正しいか間違っているかわからないけ ど、見ようによっては使えるよねと思えるかどうか。矛盾があるからこそイノベーションも起こるんですよ。

落合 すべてに計画可能な解があるという前提がそもそもおかしいのかもしれませんね。

酒井 すべてに理屈を求めるのは違うんじゃないかな。全部説明できるならどの会社でもできるし、ロボットでもできますからね。技術者もそうです。理屈 でうまくいくなら誰も苦労しない。だから、「この技術ができたらどんな成果があるか言え」と言われても 「そんなのわからないよ」としか答えようがありません。技術開発の成果があらかじめわかるという前提がおかしいんですから。

落合 その前提の世界観が共有できないと、経営者も社員に対して「すべてを説明しろ」となってしまいますね。外部のステークホルダーに完璧に説明できないことを排除したいという気持ちも生まれそうです。

酒井 99%はダメかもしれないんです。でもそれを許容し、チャレンジを許してくれないとイノベーションは生まれません。

落合 それを許容できるのが、組織のよさだと思います。

酒井 いたずらと同じですよ。こっそり隠れてやって、相手をびっくりさせられればしめたものです。

カオスな時代にリーダーが持つべき世界観


落合 先生がおっしゃる世界観は非常に共感できます。その上で、矛盾や葛藤に向き合い、自分で抱えられることも重要だなと感じます。技術者も矛盾に耐えられないと、説明可能な小さな実験で終わってしま いますし。

酒井 自分だけですべてができるわけじゃないという絶望感は大事です。そこから始まるんです。

落合 著書にも書かれていましたが、教養も鍵になりそうですよね。

酒井 まさにそう。教養が矛盾に耐えさせてくれるんです。教養ってすぐに役に立つかはわからないけれど、どこかで何かにつながるかもしれないもの。世の中理屈だけではなくて、よくわからないガラクタからアイデアが生まれることもいっぱいあります。どう積みあがるかわからない石を川にいっぱい放り込んでいたら、そのうち向こう岸に渡れるかもしれない。それが私のイメージする教養です。

酒井敏

落合 そういう世界観を持つには何が必要なんですかね。環境?それとも経験?

酒井 経験がないと理解できないかもしれませんね。多少の気まぐれを許してガラクタをためておけ ば、一見無関係なガラクタがいつかつながってくるという経験です。今の世の中、なんでも分析が求められるけど、おおらかさがあるから見えてくるものもいっぱいあるんですよね。

落合 ビジネスの世界でもその話は通じると思います。ビジネスでは「即断即決」がよしとされています が、それとは真逆ですね。

酒井 即断即決なんてしていたら面白いものは生まれませんよ。私が考案した「フラクタル日除け*3」なん て、企業に「製品化は無理です」と断られ続け、一筋 縄ではいきませんでした。ヒートアイランドの原因究明をするのではなく、シェルピンスキー四面体を利用した「日除け」を作ってヒートアイランドに涼しさをもたらそうとするなんて、誰もしたことがないですから。 「アホ」のすることです。でも、何に使うかわからないガラクタのような知識と技術をいっぱい持っていたこと、巨大な研究プロジェクトに属さず、思いついた時になんでもできる環境にあったことなどが重なってブレークスルーにつながったのです。

*3:フラクタルの日よけ


落合
 そんな経緯があったのですね。どの企業もイノベーションが課題だと言いますが、現状の世界観の ままだとイノベーションからどんどん遠ざかっているのかもしれません。

酒井 高層ビルの中でまじめに考えている時は当たり前の見方しかできないんですよ。アイデアだって、お 風呂やトイレや寝床など、リラックスした時にぱっと思いつくことが多いですよね。もっと一人ひとりの、生物としての野生の勘に信頼を持ってもいいんじゃないかと思いますけどね。

落合 勘にも関係するかもしれませんが、我々は「3 +1意識モデル」という仮説を持っています。「3+1 意識モデル」とは、我々が通常「意識」だと思っているもの以外にも、身体に宿る意識や、言葉として認識できない直感に宿る意識などがあるというものです。思考に偏らず、直感や身体意識も含めて意識の全体を捉えることが大事だと考えています。

3+1意識モデル

酒井 なるほど。意識の全体を捉えることは、生物としての生き方に近づくということなのかもしれません ね。そもそも、本能的に生きてきたのが生物。理屈だけでうまくいくわけじゃありません。学生にも、矛盾を受け入れ、失敗を恐れるなといつも言っています。

落合 それはビジネスパーソンにも言えることですね。特にリーダーの意識は組織に投影されるので、 リーダーがまず自分の中に今日お話ししたような世界観を持つことが大事だと感じました。それが組織 や社会の変化につながり、ダイバーシティやイノベー ションを生み出すと思います。酒井先生とも今後さらに探求を深めていければ幸いです。貴重なお話をありがとうございました。

※本稿は、2021年7月発行の当社機関誌 Alue Insight vol.3 『これからの管理職育成を考える』より抜粋したものです。

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※記事の内容および所属等は、取材時点のものです



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