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経験学習の光と影ー アンラーニングで影を光に変える

職場で成長し続けるためには「経験から学ぶ力」が重要だという認識が広まり、経験学習を取り入れる企業が増えています。実際、研修や1on1で体得した経験学習が、ビジネスの成功に結びつくことも多々ありま す。しかし、気をつけなければいけないのは、一度成功するとその成功体験にしがみつき、経験から学んだ ことが「固定化」「固着化」してしまうことです。 つまり、「光」として賞賛される経験学習には、時として「影」が差すことがあるのを忘れてはなりません。

では、この「影」を再び「光」に変える方法とは何か。答えは「アンラーニング」です。

本対談では、経験学習の研究を専門とする北海道大学大学院経済学研究院教授の松尾睦氏を迎え、アルー株式会社商品開発部の須藤賢太郎とエグゼクティブコンサルタントの中村俊介が、経験学習の要諦や、企業人としての成長に欠かせない「アンラーニング」について聞きました。

この記事は、特にこのような方におすすめです。
● 管理職の育成、リスキリングを検討している
● アンラーニング(学びほぐし)に関心がある
● 経験学習に関心がある


※本稿は、2022年1月発行の当社機関誌  Alue Insight vol.6  『自ら変化する管理職を育てるには?』より抜粋したものです。
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松尾睦

松尾 睦
北海道大学大学院 経済学研究院 教授

1964年東京都町田市生まれ。経営組織論を専門としており、経験学習などをテーマにした研究を重ねている。主な著書に、『経験からの学習』(同文舘出版、2006)、『経験学習入門』(ダイヤモンド社、2011、HRアワード書籍部門・最優秀賞)、『仕事のアンラーニング働き方を学びほぐす』(同文舘出版、2021)などがある。

須藤賢太郎

須藤 賢太郎
アルー株式会社 商品開発部 部長

青山学院大学大学院経営学研究科修了。 青山学院大学総合研究所特別研究員を経て、アルー株 式会社入社。商品開発部にて、育成プログラム開発に携わる。

中村俊介

中村 俊介
アルー株式会社 エグゼクティブコンサルタント / Alue Insight編集長

東京大学文学部行動文化学科社会心理学専修課程卒。 営業や納品責任者などを歴任し、現在はビジネスリーダーの育成やプログラム開発に携わる。著書に『ピラミッド構造で考える技術』(すばる舎)などがある。



経験学習で身につけた力はやがて古くなる


須藤賢太郎(以下、須藤) 先生の著書『仕事のアンラーニング-働き方を学びほぐす-』を拝読して、先生 が「今後の研究課題」とされていた内容と、自分たちの 課題がリンクしていると感じました。また、「仕事の信念としている部分を見直す」というアンラーニングは、 アルーが世に問うている「適応課題」とも近しく関係しています。今号では、管理職の適応課題をテーマにしており、松尾先生にぜひお話をお伺いしたいと思い ました。

松尾睦氏(以下、敬称略) ありがとうございます。アンラーニングについて「深い振り返り」を行うためのプロセスや、ミドルマネジャーに必要なアンラーニング は、さらに研究していきたいと思っています。

中村俊介(以下、中村) そもそも松尾先生といえば、経験学習を長きにわたり研究され、著書も多くあ ります。経験学習について研究することになったきっかけを教えてください。

松尾 実は、私は最初に入社した会社で、全然売れないダメ営業職だったのです。その後、大学院、シンクタンクを経て、「営業研究をやろう」と考えました。営業成績の良い人が「どのように売っているのか」を、認知心理学的に研究したのです。そして、営業職が成長していく過程を研究するうちに、「経験が営業職の成長を促している」ことがわかってきました。それが「経験学習」の研究を始めたきっかけです。

中村 先生は「経験学習」のどんな点に、面白さを感じたのですか?また、「経験学習」にアンラーニングを結びつけるようになった理由も教えてください。

松尾 経験学習は、例えばどんなに嫌なことがあっても「これも経験だよね」で済んでしまう、懐の深さがあります。つまり、どのような経験からでも学ぶことができるという点に魅力を感じます。ただ、経験によって身につけた力は、時間が経てば古くなります。経験学習によってその分野を極め、スタイルを身につけた後も、 環境の変化に応じて自分を変えていかないと時代に取り残されます。 では、その後の経験学習として、何をすればいいの か?その答えが、時代遅れとなったスキルを捨て、新しいものに入れ替えるアンラーニングなのです。アンラーニングは、経験を積み、スキルが上がるほどに必要になってきます。

ポイント
● 経験を積み、スキルがあがるほどにアンラーニングは必要になる


専門性の中から古くなったものを捨てる


中村 なるほど。専門性を身につけた後も、変化に応じてその中から古くなったものを捨てることが必要なんですね。

案らーにぐのプロセスモデル
アンラーニングのプロセスモデル

松尾 そうですね。ドラッカーは著書『経営者の条件』の中で、成功体験の中から古いものを計画的に廃棄することこそ、新たに身につけた知識やスキルを強力に推し進める唯一の方法であると言っています。 経験を積んで、自分のスタイルを持ち、ある程度活躍しているビジネスパーソンこそ、アンラーニングが必要です。彼らは、自分の仕事のやり方が「そこそこ通用してしまう」ために、ゆるやかに下降線をたどっていることに気がつきにくいのです。

須藤 しかし、実際にアンラーニングしようとすると、 なかなか難しいのではないでしょうか?

松尾 その通りですね。ずっと同じ部署で働いたり、 異動しても慣れている仕事だったりすると、アンラーニングの必要性にも気づきにくいものです。また、表面的なスキルやテクニックを変えることはできても、長年持ち続けた「仕事の進め方」や「仕事の信念」の部分を変革するのは難しいのが現実です。 環境が変わらなくても自分のスタイルや信念の部分まで自己変革できる人は、学びに対する意欲や知的好奇心が高く、変わることにワクワク感を持つ人です。逆に、そうした志向性のない人には、「アンラーニ ング」という考え方は響きません。

ポイント
● ずっと同じ部署で働いたり、 異動しても慣れている仕事だったりすると、アンラーニングの必要性にも気づきにくい
● 環境が変わらなくても自分のスタイルや信念の部分まで自己変革できる人は、学びに対する意欲や知的好奇心が高く、変わることにワクワク感を持つことができる。こういった方には、アンラーニングの考えが響く


研修やワークショップの重要性


中村 そんなアンラーニングがピンとこない、響かない人たちが、アンラーニングをできるようになるカギはどこにあると思いますか?

松尾 人は自分の型やスタイルができると、それにしがみつきたくなるもので、そうした阻害要因を乗り越えてアンラーニングを行うには、「内省」が必要です。しかし、自ら学び、成長しようという意欲が高くない人は、内省(振り返り)や批判的内省(深い振り返り)を個人で行うのが困難な場合もあります。そういう時は、研修やワークショップなどが有効だと思います。その人の良いところは認めて残しながら、次に「成長のために、変えるべきところは何か」を議論していく。「北風と太陽」の太陽のように「暑いから自然に服を脱いでしまう」形が理想的ですね。

須藤 それは実際に、研修中に受講者同士が対話して振り返っている様子を見ていても感じます。現在、 管理職になって数年経った方を対象にしたプログラ ムを実施中ですが、時間をかけて様々なトレーニングをしています。信念や仕事のルーティンなどに触れるアクティビティも用意していますが、あえて我々はあまり口を挟まず、自由に皆さんでお話してもらいます。 1ヶ月が過ぎる頃には、松尾先生がおっしゃるような「内省って大事だね」という言葉が参加者から自然に上がってきます。

内省の深さ
内省の深さにはレベルがある

松尾 須藤さんの導き方も素晴らしいのだと思います。こうした変化はすぐに起こるものではなく、継続的な対話や内省を繰り返しながら、徐々に生まれていくものです。

ポイント
● 人は自分の型やスタイルができると、それにしがみつきたくなるもの。そうした阻害要因を乗り越えてアンラーニングを行うには、「内省」が必要
● 自ら学び、成長しようという意欲が高くない人は、一人で内省をするのが困難な場合もある。こういった場合、研修やワークショップなどが有効
● 変化はすぐに起こるものではなく、徐々に生まれてくるもの


「孤独」を感じる管理職に学びほぐしを


須藤 研修中に、様々な場面で多くの人が口にしていたキーワードが「孤独」です。マネジャーは孤独という感覚があるのでしょうか?

松尾 究極的に孤独な存在は社長、と言われますが、マネジャークラスも上からいろいろと押しつけら れ、下からは突き上げられて、相談する相手も少なく孤独になるのでしょうね。

須藤 そういう時こそ、チームで行うアンラーニングが最適だと思いますが、内部だからこそ言いにくいのかもしれません。業績が落ちるようなことはできない、という企業ならではの縛りもありますね。

松尾 そうなると、研修など、忌憚のない意見を言える外部の人たちと話し合う場でアンラーニングをすることがますます重要になるでしょう。つまり「越境」で支え合うのです。そもそもアンラーニングは、初めの頃はなかなかうまくいかないものです。なぜなら、ある一定の期間でパフォーマンス、つまり業績が落ちてしまうからです。それが怖くてアンラーニングができないという声もよく聞きます。その場合は、同じような立場の人と対話しながら、部分的、実験的に、自分の仕事のアプローチや方法論を見直していくのが良いと思います。

中村 なるほど。やり方やルーティンなど「発揮の仕方」を変えるのですね。

対談

松尾 例えば「顧客志向が大事」という信念を持つ人であれば、その信念を否定するのではなく、「どう顧客を大事にするのか」を考えるのです。御用聞きみたいに相手の言いなりになる顧客志向は止めて、問題解決型の顧客志向に転換すれば、業績にも良い影響を与えるかもしれません。強みを否定するのでなく、 信念の方向性や表現の仕方を内省するとうまくいくことが多いでしょう。

中村 信念の中身を見直しながら、ルーティンが形骸化してしまわないようにするわけですね。

松尾 アンラーニングを「知の組み換え」や「学びほぐし」と考えることが大事だと思います。また、自分だけで頑張るのではなく、周りの人を巻き込みながら、また、他者の支援を受けながらアンラーニングすることが有効です。仕事は一人だけでやっているわけではありませんから。

須藤 では最後に、アンラーニングをうまく進めていくためのコツを教えてください。

ロールモデル

松尾 「このような人になりたい」というロールモデルを見つけて、自分のアプローチを変えていくという方法があります。ただ、直属の上司がロールモデルにならない場合も多いでしょう。そういう場合は、他部門や外部の人でもいいし、大谷翔平さんのような著名人や、歴史上の人物でもいいのです。米国のダンサー・振付師であるトゥイラ・サープは、そうした人のことを 「インビジブル・メンター」と呼んでいます。「この人は、 こういう場面ではこんなことを言いそうだな」と想像してみるのです。自分とタイプや強みが似ている人をメンターにするとアンラーニングしやすいでしょう。「あの人みたいになりたい」と外に目を向けることで、変化が起きていきます。

中村 ロールモデルの見つけ方は重要ですね。今日はいろいろと気づきを与えていただきました。先生には今後もこういった議論をさせていただくなど、お力をお借りできればうれしいです。本日はありがとうございました。

ポイント
● 上からも下からも挟まれ、孤立になりがちな管理職ほど、チームで行うアンラーニングが最適。つまり、越境で支え合う
● 強みを否定するのでなく、 信念の方向性や表現の仕方を内省するとうまくいくことが多い
● 自分とタイプや強みが似ているロールモデルを見つけるとアンラーニングを進めやすい。身近にいない場合は、著名人や歴史上の人でも問題ない


本稿は、2022年1月発行の当社機関誌  Alue Insight vol.6  『自ら変化する管理職を育てるには?』より抜粋したものです。

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※記事の内容および所属等は、取材時点のものです


●松尾教授とともに実施した無料セミナーのアーカイブ配信があります。
どなたでもご視聴可能です。

主な対象:
・経験学習の要諦、アンラーニングに関してご興味がある方
・経験から学ぶことへの重要性を理解することにご興味がある方
・松尾睦教授から、経験学習に関する考えを学びたい方
・管理職の育成施策に関して、検討中・見直しを検討の方


●松尾教授と共同レポートを作成しました。
どなたでもダウンロードいただけます。 2023年4月10日公開です。


最後まで読んでくださり、ありがとうございました。次の記事もお楽しみに☆ Alue Insight編集部一同