この時代に求められるのは矛盾するリーダー!?世界で数々の賞を受賞した書籍『両立思考』から学ぶパラドキシカル・リーダーシップ Vol.3
昨今、変化の激しい時代の中で、企業は、短期利益と環境配慮、既存事業の深化と新規事業の探索など、一見相反するが、相互依存し、持続する要素(パラドックス)を、同時に実現することが求められることが増えています。こうした状況の中で意思決定することがリーダーの重要な役割ですが、その際に「二者択一」の思考に縛られていると短期ではうまくいっても、中長期では思わぬ悪循環に陥ることがあります。
「二者択一」から「両立」へ経営の意志決定のパラダイムシフトが求められている今、経営学における「パラドックス研究」を世界的に牽引する2名の学者による共著『両立思考 二者択一の思考を手放し、多様な価値を実現するパラドキシカル・リーダーシップ』(以下 『両立思考』)の邦訳版が刊行されました。
今回の記事では、本書の監訳を手掛けた京都大学経営管理大学院 教授の関口先生とアル―株式会社のエグゼクティブコンサルタント/京都大学経営管理大学院 客員准教授の中村俊介の対談形式で、「両立思考とパラドキシカル・リーダーシップ」についてのお話をお届け致します。
Vol.3では、「パラドックス」を活かして組織を進化させるためのパラドキシカル・リーダーシップと鍵となる重要な概念である「動的平衡モデル」について紹介します。
プロフィール
パラドキシカル・リーダーシップの経営学の最前線
中村 俊介 (以下、中村) これまで関口先生には、Vol.1、Vol.2 を通して、経営学におけるパラドックスやパラドキシカル・リーダーシップと動的平衡モデルなどに触れながら、パラドックスをどのように組織の進化に活かしていくと良いかというお話をしていただきました。
今回は、経営学におけるパラドキシカル・リーダーシップ研究の最新情報や、『両立思考』の実践への活用方法についてお話いただけたらと思います。
関口倫紀氏(以下、関口 敬称略) よろしくお願い致します。現在は様々なレベルにおいてパラドキシカル・リーダーシップについての研究が進められています。まずは、企業の経営をしていく際の戦略レベルのパラドキシカル・リーダーシップの研究について紹介します。パーパスやビジョンの明確化や、ダイナミックな意思決定を通じた動的平衡の実現の重要性などが言及されています。
関口 また、チームレベルのパラドキシカル・リーダーシップの研究も進められています。ミドルマネージャーやチームリーダーのパラドキシカル・リーダー行動として、メンバーや部下との関係において一見すると相矛盾する行動の効果について調査したものがあります。
例えば、自分自身が中心となると同時に、メンバーを主役にさせる。あるいは、意思決定を統制 すると同時に、メンバーに自由を与える。メンバーとの距 離を置くと同時に、メンバーと近しく付き合う。メンバーを画一的に扱うと同時 に1人ひとりを区別する。職務への要求を 厳しく追求するとともに、柔軟性を許容するなど。このような行動をリーダーがとるとメンバーはどうなるか。やはり一時的には混乱するのですが、徐々に意図が分かってくると、メンバーのパラドックス思考が醸成されて、肯定的に捉えられるようになり、メンバーが創造性を発揮して主体的に行動するようになるということが分かっています。
中村 パラドキシカル・リーダーシップの研究は、経営学の新しいテーマとして、今まさに盛り上がりを見せていますね。
関口 そうですね。今では世界中で、様々な研究論文が発表されていますので、一部を紹介したいと思います。
1つ目は、北京大学の研究です。パラドキシカル・リーダー行動の先行要因として、「全体志向」と「複雑性統合力」が重要であるという指摘がされました。また、パラドキシカル・リーダーシップは、メンバーに対して、環境への適応や主体的な行動を高める効果があるということが示されています。
関口 次に、パラドキシカル・リーダー行動によって、部下のパラドックス・マインドセットが醸成されて、創造的逸脱行動が起こりやすい状況をつくるという研究もあります。
中村
リーダーのパラドキシカル・リーダー行動によって、メンバーが決められたことだけをやるのではなく、アイディアに従って自主的に試行錯誤するような行動をとるようになるということですね。
関口 そうですね。他の最新の研究には、パラドキシカル・リーダー行動によって、これまでの取り組みを深化させながら新しい可能性の探索に挑戦するような両利き行動が、個人レベルでもチームレベルでも増え、そこからイノベーションに繋がるという過程を追いかけた報告もあります。
この際に、リーダーのビジョンが重要な要素となっています。リーダーがチームや個人にしっかりとビジョンを共有できているとイノベーションが起こりやすくなることが分かっています。
関口 4つ目として、CEOのパラドキシカル・リーダーシップについての研究です。CEOのパラドキシカル・リーダーシップを4つの指標で計測します。パラドキシカル・リーダーシップのレベルが高い企業ほど長期志向のCEOの元で、R&D投資をしっかりしていて、高いマーケットシェアを獲得し、強い企業ブランドを築いていることが分かります。
中村 なるほど。改めて、企業の戦略、組織のマネジメント、個人の育成など様々なレベルにおいて、実際のビジネスの現場で、パラドキシカル・リーダーシップの効果が実証されていることが分かりました。
『両立思考』の実践的活用方法
中村 最後に、この度我々が監訳を手掛けたウェンディ・スミス先生とマリアンヌ・ルイス先生の共著『両立思考』を実際のビジネスの現場にどのように活用するとよいかについてお話できたらと思います。
関口 まずは、両立思考とパラドックスの基本について学んでいただけたらと思います。その上で、この本には豊富な事例が掲載されているので、日々の業務に取り組む中で、気になることがあった時に辞書的に活用するのもよいと思います。また、パラドキシカル・リーダーシップに関連する様々なフレームワーク(パラドックスのABCDシステム)やツール(パラドックス・マインドセット関連尺度やポラリティ・マップ)などが掲載されているので、こちらも是非、日々のビジネスの実践に活用いただけたらと思います。
中村 関口先生、ありがとうございます。
中村 本書の冒頭の内容について一部を紹介させていただきます。
択一思考が引き起こす悪循環として、本書では3つのモデルが紹介されています。行き過ぎた強化。つまり、ひとつのやり方に固執してしまうこと。そして、過剰修正。右が上手くいかないので左にいくという時に、右を全否定してしまうことでそれまであった良さまで全否定してしまうということ。あるいは、二極化。リーダーが択一思考になることで、社内に右派と左派の終わらない戦いを生み出してしまうということ。これらのモデルがそれぞれ「ウサギの穴」「解体用鋼球」「塹壕戦」というキーワードで解説されています。
中村 また、そのような択一思考を乗り越えて、パラドックを両立する方法として、ラバ型と綱渡り型という2つのモデルを提示しています。ラバ型は、足の速い馬と荷物をたくさん運ぶロバを統合したものを意味しています。また、パラドキシカル・リーダーシップにおいて、動的平衡モデルが重要であるという話がありましたが、このような一貫した非一貫性を実現している状態を綱渡り型と呼んでいます。そして、この2つを組み合わせた状態、対立する要素の間を綱渡りしながら、クリエイティブな統合を発見する「綱渡りするラバ」が理想的なモデルであるとしています。
中村 これらを実践していくために「ABCDシステム」をリーダーが認識して、組織に導入していくことが重要であることが示されています。ABCDシステムは横軸が人間軸、縦軸が文脈軸となっています。A-アサンプション (両立の前提への転換)は、これまで自分が持っていた前提を転換していくということです。そうすると、今まで信じていたものが崩れていくので不安になってくる。その中で、C-コンフォート (不快の中に快を見出す)と両立を探ることで、人間軸がつくられていきます。
また、縦軸は、B-バウンダリー (境界で緊張関係を包む)の企業のパーパスのようにしっかりと境界をつくる静的な構造と、D-ダイナミクス (動態性で乗りこなす)の動的な動きの両立を模索することで文脈軸を構成しています。個人や組織のパラドックス・マネジメントを考える上で、このフレームに当てはめて考えるとヒントが見えてくるかもしれません。その他にも様々なツールが紹介されているので、詳細については是非、本書を手にとってもらえたらと思います。
※本記事は11月に開催した『両立思考』出版記念セミナー「多様な価値を実現するパラドキシカル・リーダーシップとは?」の内容を編集したものです。是非、こちらの記事も合わせてご覧ください。